
「霊を見た」
「霊に取り憑かれた」
などの表現から霊が怖い、と感じる方がいらっしゃいます。
肉体を離れれば霊界へと旅立つと、多くの方がお考えかもしれませんが、肉体が自分であると錯覚した意識のまま
地上を去れば、霊界ではなく幽界(アストラル界)へと旅立ちます。
幽霊と霊の字が付きますので、霊界と勘違いしやすいのですが、幽界のバイブレーションは地上と同じく現象の世界。
実相の世界(霊界)ではないのです。
幽界と霊界を混同し、幽霊を見て「霊を見た」という人は霊体ではなく幽体(幻)を見ています。
「生老病死」
ブッダはなぜ生まれることが苦しみと説いたのでしょうか。
幽界へ旅立った魂は再び地上へと学びに降りてきますが、真我(神我)に目覚めた魂は地上を卒業し、再び肉体に
生まれる必要はありません。
目覚めなければ、何度でも地上に生まれる。
それは苦しみである、と説いたのです。
実相とは、形を表し、支え、持続させるエネルギーの事であり、生命エネルギーを「霊」と表現しているのです。
悪霊になったり、迷った霊などではなく、遍満する宇宙エネルギーが霊であり、鉱物、植物、動物、人間、全ての形に
霊は宿っています。
したがって、実際には除霊する、ということはできないのです。
また、死んでから霊になるわけでもありません。
今、既に霊なのですから。